〜由良衛所跡の探検〜

 愛南町内海地区、由良半島の先端には今から60年ほど前、豊後水道の防備のため建設された「由良衛所」がありました。戦後米軍により爆破されましたが、今でもその衛所跡が残っています。我々ふるさと探検隊は宇和島市在住の郷土写真家原田政章氏(79歳;当時海軍の一員として衛所に勤務し当時の様子を知る数少ない証言者)を始め有志の協力を得て由良衛所跡の探索に向かいました。

今回の探検隊参加者
 岡原俊機氏 「寿老人」 「じじい」 原田政章氏 横山隊員(管理人) 織田隊員(管理人U) 池田隊員 寺岡隊員(おでゆき) 河野所長(DEあい21所長) 杉田このみ
嬢(この時写真を撮っています。)

由良衛所跡を訪れて

それでは由良衛所跡探検に出発しま〜す!
今回の企画の言いだしっぺ、武蔵野美術大の杉田このみ嬢(左)と由良衛所に勤務していた原田政章氏(右) いざ出撃!愛南町平碆地区の佐々木渡船の協力を得て一路由良岬へ 由良半島先端部。そろそろ上陸地点へ。さすがにこのあたりに来ると波が高い。
灯台下の船着場に上陸。灯台へ登るためのコンクリート階段や手摺が整備されている。 道は整備されているものの、険しい坂道。すぐに息が切れてしまう。

灯台で休憩。テレビカメラクルーも同行。
しかし、どう見てもここからの道は見当たらない。

灯台からしばらく山道を歩くと、兵舎の防護壁が出現。(山道らしいが木や草が生茂り道には見えない)

高さ3メートルはある防護壁。
外側は石垣に偽装している。
60年前にこのような場所に壁を作るだけでも大変な作業だったのだろう。

ここは炊事場跡らしい。
こちらの施設(兵舎)は結構大きな建物だったのだろう。
このような建物が4箇所にあったというから驚きだ。
兵舎跡。基礎しか残っていない。鬱蒼とした緑に覆われ、廃墟と化している。原田氏のじっと周りを見つめる姿が印象的だった。 兵舎での生活について、原田政章氏に聞く。ここでは書けないほど大変な苦労があったようだ。 食糧庫。中は暗いが光をあてると結構広い感じがした。
兵舎のすぐ近くに防空壕がある。潜入開始! 中は真っ暗。コウモリがパタパタ飛び出す。 防空壕出口。兵舎と衛所の通路としても使われていたらしい。
さらに先に進む。(やはり道とは思えない) 由良衛所到着。豊後水道の美しい海が広がる。 米軍の爆破によってコンクリートの枠だけ残った。
衛所後方にある見張所から撮影。当時は空から見えないように土や草で偽装していたようだ。

これは何だ!?
原田氏に聞くとただの通気口らしい。いくつもある。

便所の跡、思ったより広かったりして!
衛所内部。衛所内の仕事について原田氏に聞く。

地階に降りる。

衛所の一階部分から外へ!

ここが聴音室だったらしい。
爆破されて崩れてしまっている。

戦友に花を手向ける原田氏。

原田氏は由良へ来るたびに花と酒を持ってきているという。

発電室
ここで衛所の電力をまかなっていた。

さらに道無き道を下る。

貯水池
もっぱら生活用水につかっていた。

海底ケーブル跡
海岸まで降りると海底ケーブルのあとが残っている。このケーブルが豊後水道を横切っていたというから驚きだ。

池田隊員の成果。写真中央下の物体は砲台の部品だろうと思われる。とにかく重い。この物体はとりあえずDE・あ・い・21に保管。 ようやく平碆まで帰る。
 かなり疲れたが、何やら満足感が残る探検だった。そう言えば、今回はお酒飲まなかったなあ〜