〜須ノ川編〜


須ノ川地区の由来

須ノ川(すのかわ)地区は国道56号線沿いにある集落で、「日本の渚・百選」にも選ばれた須ノ川海岸と緑に囲まれた約16万平方メートルにも及ぶ広い公園「須ノ川公園」を有する集落である。その名の由来は砂洲のある川からきた地名であると考えられる。
 昭和53年に坂元達雄氏がまとめた「わが村の祖先研究」によれば、須ノ川は字舟附に6戸が住み始めたのが草分けとされる。児島宇太郎氏、児島源藏氏、児島三郎氏、児島忠藏氏、児島源太郎氏、木村四郎氏の先祖がそれだという。
 舟附という字の如く、おそらく元々舟の付き易い港として発達していったのであろう。ちょうど舟附砦と法華石城にはさまれた地である。二つの城址はいつの時代のものか定かではないが、法華石城で長曾我部の武将との一騎打ちの伝説や、その麓付近からたくさんの太刀や矢じり等が出土していることから、戦国時代には存在したものと考えてよいだろう。
 また、児島という姓が非常に多く、南北朝時代の英雄児島高徳を祖とする一族が備前国の児島半島から移住してきたとも考えられる。前述の坂元氏は、備前国の児島半島から須ノ川地区の北側、現津島町佐新田地区へ逃れて住み着いた児島一族の分家が中心となって舟附に移住してきたものと推定している。
 昭和57年に児島平氏がまとめた「須ノ川観音堂由来」によれば、天正10(1582)年に同氏の祖先、海源法印が石に刻まれた十一面観音菩薩を本尊として須ノ川観音堂を開基し、徳川時代には須ノ川村観覚院と称したとある。児島家は代々修験者(山伏)の家系で、文化3(1806)年に海源法印(前述の海源法印とは別人)が、天保3(1832)年に海栄法印と海圓法印が、また安政4(1857)年には栄海法印が宇和島藩の許可を得て大和国(現奈良県)大峯山で修行し、法印の資格や権大僧都の位を得ていた。
 法華石城の山腹には権大僧都良心の墓石があり、「貞享元(1684)年甲子卯月2日」の日付が記されている。「権大僧都」ということから、修験者であったと思われる。→ → →
 
寛文7(1667)年の「西海巡見誌」では漁村として捉えられているようだ。家数が7軒と記載されている。貞享元(1684)年に編纂された「弌墅截」にも「須ノ川浦」と記載されている。その後、現在の集落の地に順次移り住んでいったものと考えられる。
 当初は独立の村であったとも考えられるが、寳永3(1706)年編纂の「大成郡録」では「松庄内海内須ノ川村」と記され、平山の實藤家が庄屋として支配しており、戸数11軒、人口68(34人、女34)と記されている。宝暦7(1757)年に編纂された2度目の「大成郡録」では戸数15軒、人口70(33人、女37)と記されている。
 文化5(1808)年6月6日には伊能忠敬一行が須ノ川の海岸を測量している。
 須ノ川灘地区に人が住むようになったのは、文政6(1823)年に柏村が大浜地区(現内海トンネル須ノ川川入り口付近)を開発し始めたことに対して、柏村との境界番として内海浦庄屋實藤家が木村家、河野家を置いたのが始めとされる。
 弘化3(1846)年の「御庄組四色小物成九色小役其外共割附牒」には須ノ川浦の戸数は36軒と記されている。
組頭は定かでないが、江戸時代後期の史料(天保年間)には恵左衞門の名が残っている。また明治初期の史料には児島庄六とある。
 明治4(1871)年に宇和島藩の郷中改革で内海浦から柏村に付属された。明治23年には内海浦と柏村が正式合併して村制が施行され内海村となり、須ノ川地区は内海村の一地区となった。
昭和30(1955)年に、村の産業振興協議会で夏カン栽培を基本産業として振興することが決まり、須ノ川地区を中心に村内に広く苗木が植えられた。その後傾斜地と温暖な気候に適合した品種更新によって果樹栽培は内海村の基幹農業として定着してきた。またこの年和歌山県の農家から譲ってもらったオランダエンドウの苗がはじめて植えられ、二戸の農家からスタートしたオランダエンドウ栽培も無霜地帯という内海村の気候が適していたため本格的に栽培されるようになり、昭和42(1967)年には栽培面積が9ヘクタールにまで広がり、内海の特産農作物として現在でも栽培されている。
 昭和47(1972)年に足摺宇和海国立公園が指定され、それを受けて昭和54(1979)年に須ノ川公園が完成し、以後、須ノ川公園は多くの観光客の憩いの場となっている。
昭和59(1984)年8月には須ノ川公園で「うちうみ夏祭り花火大会」がはじめて催された。真下から見上げる打ち上げ花火の迫力と、須ノ川の山肌に反響する花火の轟音は他市町村では見られない。以後毎年8月10日には内海村最大のイベントとして多くの見物客で賑わっている。平成8(1996)年には須ノ川海岸が「日本の渚・百選」に選ばれ、平成9(1997)年には「グリーンパークすのかわオートキャンプ場」がオープンするなど、須ノ川地区は内海村の観光拠点として今後の繁栄が期待される。

大澤宏堂著「内海村史(上・下巻)

坂本達雄著「わが村の祖先研究」

児島 平著「須ノ川観音堂由来」
内海村発行「内海村50周年記念誌 時なる国、内海」